みなさん,こんにちは。
シンノユウキ(shinno1993)です。
前回の【トレーニング編】では,100kmウルトラマラソンを走り切るためのトレーニング期における,日々の栄養戦略について解説しました。
今回は,特にレース向けた栄養戦略について解説します。100kmやそれ以上の長い距離において,エネルギー切れや脱水,胃腸トラブルを起こさないことを念頭に置いています。
この記事では,【トレーニング編】に引き続き,国際スポーツ栄養学会(ISSN: International Society of Sports Nutrition)が公式に発表した「ウルトラマラソンに関するポジションステートメント(nutritional considerations for single-stage ultra-marathon training and racing)」に基づき,トレーニングの成果を発揮するための「レース当日の栄養戦略」を解説します。
また,前回の記事に引き続き,ウルトラマラソンを走る管理栄養士である筆者が,このポジションステートメントの実践のために,レース本番で実際に行っている戦略についても盛りこみます。
レース中のエネルギー補給
ウルトラマラソンの完走には,一般的にエネルギーと水分摂取量の増加と関連していることが示されています。すなわち,エネルギーや水分をしっかりと摂取することは,ウルトラマラソン完走において重要な要素となります。
消費エネルギーの全てを賄う(摂取する)ことは,ウルトラマラソンでは現実的ではありません。消費エネルギーが多すぎるためです。そのため,ISSNのポジションステートメントでは,エネルギー不足を軽減するために,下記の摂取量を満たすことを推奨しています:
- エネルギー:150-450kcal/時
- 炭水化物:30-50g/時
- たんぱく質:5-10g/時(3時間ごとに約20-30g)
例えば,一般的なエナジージェル1個には炭水化物が約20~30g含まれています。つまり,1時間あたりにジェル1個以上+スポーツドリンクの摂取が必要です。
その上で難しいのがたんぱく質の摂取です。BCAAサプリメントを摂取したり,たんぱく質の多い食品(一般に塩味が強く食べやすい)を摂取したり等を検討する必要があります。
筆者の場合,アミノ酸が含まれるジェルを愛用しています。具体的には「アミノサウルス」を使っています。これには1包あたり25gの炭水化物と5gのたんぱく質が含まれています。ジェルが摂取できるうちはこれを摂取し,難しくなればエイドの塩気の多い食品を食べることでたんぱく質も摂取できるようにしています。
レース中の嗜好性:甘味と塩味
特に長距離レースでは,たくさんの食物や飲み物を摂取する必要があるため,それらの嗜好性は重要な要素となります。例えば,甘い食べ物(エナジージェルやスポーツドリンク)は,美味しくないと感じる場面が増えてきます。
ウルトラマラソンの後半には,風味豊かな食品(甘くなく,脂肪と塩分が相対的に多い食品)を好む傾向になるようです。ランナーとしては,レース中に嗜好が変化する可能性を念頭に置いておき,そうなった場合の補給戦略を用意しておく必要があります。
筆者の場合,「柿の種&ピーナッツ」であれば,甘い物が欲しくない時でも食べられることに気づきました。それ以降,補給食のリストに必ず入れています。いったん塩辛いものを食べると,水分が欲しくなったり,それ以降は甘い物を食べられるようになったりもします。またピーナッツに含まれるたんぱく質や脂質もエネルギー摂取に貢献してくれます。補給食の中に塩味の強い食べ物を含めておくことを,ぜひ検討してください。
水分・電解質(ナトリウム)戦略
エネルギー補給と並んで重要なのが,水分と電解質(特にナトリウム)の管理です。脱水はもちろん,水分の摂りすぎによる「低ナトリウム血症」も命に関わるリスクとなります。
水分・ナトリウム摂取量の目安
- 水分:
- 1時間あたり450-750ml程度,または20分ごとに150-250ml。
- ナトリウム:
- 水分1Lあたり500-700mg(食塩相当量では1.27-1.78g)。
- 高温(例25℃以上)や多湿(例60%以上)環境では,1時あたり300-600mg(食塩相当量では0.76-1.52g)。
上記のナトリウムを満たすのは,意外と大変です。例えば,ポカリスエットは1Lあたり1.2gの食塩相当量(Ref),アクエリアスは1.0g(Ref)です。すなわち,水分補給をすべてスポーツドリンクで行っても下限を満たせるかどうか,というラインで,高温・多湿環境だと足りなくなります。
そのため,水分補給以外でナトリウム源を摂取するのが重要です。例えば,先に紹介した「アミノサウルス」では,1包あたり0.6gの食塩相当量が含まれます。実にポカリスエット500ml分の食塩(ナトリウム)が含まれるのです。または塩味の強い補給食などから摂取するのも有効でしょう。いずれにせよ,飲み物だけでなく,それ以外からナトリウムを摂取する意識を持つ必要がありそうです。
水分・ナトリウムの補給戦略
- 喉の渇きに応じて飲む:ISSNは,「喉の渇きに応じて飲む」戦略が,多くのランナーにとって脱水と水分の摂り過ぎ(それに伴う低ナトリウム血症)の両方を防ぐ上で有効であるとしています。
- 個別のスケジュールに従って水を飲む:ランナーの水分摂取量には個人差があります。個別の脱水量や環境条件,レース時間,水分摂取への耐性などを加味し,スケジュールを策定する必要があります。発汗量は,目標レースと同条件で走り,前後の体重を測定することである程度算出できます。
胃腸(GI)トラブルの予防と対策
ウルトラマラソン完走の最大の壁とも言えるのが,吐き気や腹痛,下痢といった「胃腸(GI)トラブル」です。ISSNも,ランナーの多くが何らかのGIトラブルを経験すると指摘しています。これは,消化管への血流が減少することが要因の一つとされています。
胃腸トラブルの予防策
- 複数の炭水化物を摂取する:複数の炭水化物から構成されるスポーツドリンクやジェル等は,全体的な腸管での吸収が増加し,それによって腸の不快感が低減するとされています。具体的には,ブドウ糖(グルコース)やマルトデキストリン(グルコースが複数結合したもの)と,果糖(フルクトース)をどちらも含むものを摂取するようにしましょう。
- 脱水症状を最小限に抑える:脱水症状や,それに伴って発生する体温の上昇は,消化管への血流の減少や,胃の内容物の排出を阻害することによって胃腸トラブルの原因となります。上記で紹介した戦略に基づき,水分補給を行いましょう。
- 胃腸をトレーニングする:上記で示してきたような栄養戦略を,レース前のトレーニング段階から試すようにしましょう。それによって炭水化物の吸収の最適化や,消化管の適応に繋がる可能性があります。
筆者も,トレーニング期に実践するロング走では,レース本番を想定した栄養戦略を実践しています。“リハーサル”と言えますね。ウルトラマラソンにおけるロング走は,走力向上だけでなく,腸をトレーニングするという役割も大きいと思っています。
複数の炭水化物源としては,先ほどから紹介している「アミノサウルス」は,果糖とマルトデキストリンという二つの炭水化物から構成されているため,ジェルとして優れていると感じます。
【レース編】まとめ
100kmウルトラマラソンは,トレーニング期に気づいた運動能力に加え,当日の栄養戦略も大変重要だと感じます。この記事では,国際スポーツ栄養学会(ISSN)のポジションステートメントに基づき,レース当日の補給戦略を解説しました。
レース当日の栄養戦略のポイント
- エネルギー: 1時間あたり150-450kcalを,炭水化物 30-50g,たんぱく質 5-10g/時(3時間ごとに約20-30g)を目安に摂取します。
- 炭水化物の種類: 「ブドウ糖(マルトデキストリン)」と「果糖」を組み合わせた,複数の炭水化物から構成される製品を選びましょう。
- 水分補給: 1時間あたり450-750ml程度,または20分ごとに150-250mlを目安に,「喉の渇きに応じて飲む」や「個別のスケジュールに従って水を飲む」ことを検討しましょう。
- ナトリウム(塩分):水分1Lあたり500-700mgを目安に,スポーツドリンクやジェル等で補給しましょう。
- 胃腸トラブル対策: トレーニング期のロング走から本番と同じ補給を繰り返し,自分の胃腸を鍛えましょう。
