みなさん,こんにちは。
シンノユウキ(shinno1993)です。
100kmウルトラマラソンを完走するためには,レース当日の補給戦略(エナジージェルや水分補給)が注目されがちです。しかし,レース本番でどれだけ完璧な補給を計画しても,それを受け止める「身体」ができていなければ,100kmという長い距離を走り切ることはできません。
その「身体の土台」を作るのが,レースに至るまでの数ヶ月間にわたる日々のトレーニング期の食事です。
この記事では,スポーツ栄養学の世界的権威である国際スポーツ栄養学会(ISSN: International Society of Sports Nutrition)が公式に発表した「ウルトラマラソンに関するポジションステートメント(nutritional considerations for single-stage ultra-marathon training and racing)」に基づき,完走できる身体を作るための「トレーニング期の栄養戦略」を徹底解説します。なお,このポジションステートメントを実践しやすくするために,日本人に向けた実践戦略についても盛りこみます。
この記事を読めば,科学的根拠に基づいた「強い身体」の作り方がわかります。トレーニングの効果を最大限に高めるための食事法を学びましょう。(なお,レース当日の具体的な補給方法については,次回の【レース編】で詳しく解説します。)
最重要課題:「慢性的なエネルギー不足」の解消
ISSNがトレーニング期の課題としてまず挙げるのが,「慢性的なエネルギー不足 (chronic energy deficits)」の危険性です。
「必要なエネルギー量」は明記されていない
このポジションステートメントでは「体重1kgあたり●●kcal/日」といった画一的な総エネルギー必要量は,実は明記されていません。これは,必要なエネルギー量が,体格,トレーニング量(短時間の練習日,そして5時間のロング走の日など)等によって大きく変動するためです。
そのためISSNは,「ウルトラマラソンランナーは,個別化され,期分けされた戦略 (individualized and periodized strategy) に従って,トレーニングのエネルギー需要を満たすことを目指すべきである」と述べるに留めています。
炭水化物とたんぱく質から必要量を「逆算」する
では,どれくらい食べれば良いのでしょうか。ISSNが推奨する他の栄養素の量から,最低限必要なエネルギー量を「逆算」してみましょう。体重60kgのランナーが,後述するISSNの推奨する最低ライン(炭水化物 5g/kg/日,たんぱく質 1.6g/kg/日)を摂取すると仮定します。
- 炭水化物: 60kg × 5g = 300g/日 (1200 kcal)
- たんぱく質: 60kg × 1.6g = 96g/日 (384 kcal)
これだけで合計 1584 kcal。これに「脂質」由来のエネルギーも加わります。
「炭水化物60%」の推奨から逆算する
さらに,ISSNは「総エネルギー摂取量の約60%を炭水化物から摂る」中〜高炭水化物食を支持しています。もし,炭水化物摂取量を推奨範囲の中間である 7g/kg(体重60kgで420g = 1680 kcal)で計算し,これが総エネルギーの60%にあたると仮定します。
- 1680 kcal (炭水化物) ÷ 0.60 (60%) = 2800 kcal
つまり,ISSNの推奨を満たそうとすると,体重60kgのランナーであっても,トレーニング強度に応じて1日に2000kcal〜2800kcal,あるいはそれ以上のエネルギー摂取が計算上必要になる,ということです。
- エネルギー不足は最大の敵: 「走ったから(回復と適応のために)しっかり食べる」という意識改革が重要です。
- 「食べ過ぎ」を恐れない: ウルトラランナーのエネルギー消費量は,一般的な想像を遥かに超えます。体重が意図せず減り続ける場合や,疲労が抜けない場合は,エネルギー不足のサインかもしれません。
- 具体的なアクション:
- 練習量が多い日やロング走の後は,食事だけでなく「補食」を積極的に活用しましょう。練習直後の30分以内におにぎり,バナナ,プロテインバー,あんパンなどを摂ることは,迅速な回復(失ったエネルギーの補充)に効果的です。
- 体重を測定し,体重減少に気づけるようになりましょう。
炭水化物(糖質):グリコーゲンの維持
前項でエネルギーの「総量」を見ましたが,ここではその「中身」として炭水化物に焦点を当てます。ISSNは,トレーニング期の食事として,総エネルギー摂取量の約60%,または体重1kgあたり5〜8g/日の炭水化物を摂取する「中〜高炭水化物食」を支持しています。
この推奨は,筋肉や肝臓に蓄えられるエネルギー源「グリコーゲン (glycogen)」の貯蔵量を常に高いレベルで維持し,日々のトレーニングで枯渇させないために設定されています。ウルトラマラソンのように長時間動き続けるスポーツこそ,米やパン,麺類といった炭水化物を積極的に食べるようにしましょう。
体重60kgのランナーの場合,1日に300g(5g/kg)〜480g(8g/kg)の炭水化物が必要になります。この量を確実に摂取するために,日本人にとって最も身近な炭水化物源である「ご飯」を基準に考えてみましょう。
一つの具体的な目安として,「1食あたり300gのご飯」を食べることを推奨します。これは,いわゆる「どんぶり飯」1杯分の量となります。
- ご飯 300g に含まれる炭水化物は 約100g です。
- これを1日3食実行すると,合計 300g の炭水化物となり,ISSNが推奨する最低ライン(体重60kgで300g/日)をクリアできます。ご飯以外からも炭水化物を摂ると思いますので,それを踏まえると食欲が湧かない食事(例:朝食など)ではもう少し減らしても良いかもしれません。
- トレーニング量が多い日(推奨 480g/日)は,この3食(計300g)に加えて,練習直後の補食や,間食,スポーツドリンクなどで,残りの約150gを補う必要があります。食が細い場合は,マルトデキストリンなどの炭水化物サプリメントを利用するのも良いかもしれません。
まずは「毎食300gのご飯」をベースラインとし,練習量に応じてプラスアルファで補給するという考え方が実践しやすいかと思います。なお,ISSNが推奨する「総エネルギーの約60%」という比率は,「日本人の食事摂取基準(2025年版)」が示す炭水化物の目標量(総エネルギーの50〜65%)の範囲内になっています。
たんぱく質:筋肉の「修復」と「維持」
特に長距離を走ると,筋肉はダメージを受け,分解と合成を繰り返します。このダメージから迅速に回復(修復)し,レース本番まで筋肉量を「維持」するために,たんぱく質は不可欠です。
ISSNは,ウルトラランナーに対して,一般的な推奨量よりも多くのたんぱく質を求めています。
- 推奨量:体重1kgあたり 約1.6g/日
- 高負荷時:最大で 体重1kgあたり 2.5g/日 も視野に
- 体重60kgのランナーなら,1日に最低96g(高負荷時は最大150g)のたんぱく質が必要です。
- 一度に吸収できる量には限界があるため,意識的に毎食(+補食)で摂取することが重要です。
- 具体的なアクション例
- 朝食:いつもの食事に「卵1個」「納豆1パック」を追加する。
- 昼食:コンビニなら「サラダチキン」「ゆで卵」「プロテインドリンク」をプラスする。
- 夕食:手のひらサイズの肉や魚(約100gでたんぱく質約20g)をしっかり食べる。
- 練習直後:可能であれば,炭水化物(おにぎり等)と一緒にプロテインドリンク(約20g)を摂取する。おにぎりが難しい場合は,先述したマルトデキストリンも検討する。
脂質と「脂質適応」について
ISSNは,炭水化物を主軸にしつつも,身体が「脂質酸化能力(fat oxidative capacity)」,つまり脂質をエネルギーとして利用する能力を高めることの重要性にも言及しています。
これは,体内の豊富な脂肪をエネルギー源として使えるようになれば,限りあるグリコーゲンの節約につながるためです。その一つの戦略として「Train Low(トレイン・ロー)」,つまり意図的に体内の糖質が少ない状態(例:朝食前)で低強度の練習を行う方法などが研究されています。
- 注意点として,この「脂質適応」と,流行りの「ケトジェニックダイエット(超低糖質・高脂質食)」はイコールではありません。
- ISSNは,ケトジェニックダイエットがウルトラマラソンのパフォーマンスを向上させるというエビデンスは(現時点では)不足していると結論付けています。
- Train Low戦略やケトジェニックダイエットを行うと,高強度の練習(インターバル走など)の質が低下したり,体調を崩したりするリスクがあります。
- まずは,本記事で解説した十分なエネルギー・炭水化物・たんぱく質を摂取することを基本としましょう。
【トレーニング編】のまとめ
ウルトラマラソンを完走できる身体は,レース当日ではなく,日々の食事から作られます。
- エネルギー不足を避ける: 「走ったから食べる」を徹底する。トレーニング量に応じて,必要なエネルギー量は変化する(時にはかなり高くなる)ことを意識する。
- 炭水化物を恐れない: 体重1kgあたり5〜8gを目安に,毎食の主食をしっかり摂る。
- たんぱく質を意識して摂取する: 体重1kgあたり1.6g〜を目安に摂取する。朝・昼・晩・練習後に分散させることが鍵。
- 脂質は自然と適正範囲に: 炭水化物とたんぱく質をしっかり確保することを意識。
これらの土台があって初めて,レース本番の補給戦略が生きてきます。
次回は【レース編】として,レース当日に「何を」「どれだけ」「どのように」補給すべきか,そして「胃腸トラブル」にどう対処すべきかを詳しく解説します。
