【食事摂取基準2020】なぜ炭水化物の目標量は50~65%なのか?

みなさん,こんにちは。
シンノユウキ(shinno1993)です。

「日本人の食事摂取基準(2020年版)」では,数多くの栄養素等について基準値を設定しており,それは炭水化物も例外ではありません。エネルギーの50~65%を炭水化物で摂ることが目標量として示されています。

今回はこの「50~65%」の意味について考えてみたいと思います。

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炭水化物の目標量の決まり方

一言でいうと炭水化物の目標量は,たんぱく質と脂質の目標量を差し引いた値となっています。

実は炭水化物自体の必要量は明らかではありません。食事摂取基準では,下記のようになっています:

上記のように脳以外の組織もぶどう糖をエネルギー源として利用することから、ぶどう糖の必要量は少なくとも100 g/日と推定され、すなわち、糖質の最低必要量はおよそ 100 g/日と推定される。しかし、肝臓は、必要に応じて筋肉から放出された乳酸やアミノ酸、脂肪組織から放出されたグリセロールを利用して糖新生を行い、血中にぶどう糖を供給する。したがって、これは真に必要な最低量を意味するものではない。

厚生労働省:「日本人の食事摂取基準(2020年版)」策定検討会報告書, (2019) p.153

炭水化物は,脳や各組織で必要とされるため,最低限は摂ったほうが良さそうに思えます。ですが,糖質以外からの栄養素から糖質を作り出す(糖新生)こともできるため,最低限必要な量も明確ではありません。もちろん,炭水化物がまったく必要ないという意味ではありませんが,その栄養学的な特性上,必要な量を算出するのは簡単ではないのです。

そのために,必要なエネルギー量から,他のエネルギーを産生する栄養素である脂質・たんぱく質の目標量を差し引いた値が炭水化物の目標量として採用されているのが現状です。

炭水化物の上限を超えてもよいか?

炭水化物の上限(65%)は,たんぱく質の目標量の下の値(13~15%)と,脂質の目標量の下の値(20%)から算出されています。

たんぱく質の目標量の下限は,窒素出納を維持できる量(推奨量)を下回らない・他のエネルギー産生栄養素(炭水化物や脂質)が多くなりすぎない・高齢者においてはフレイルやサルコペニアの発症予防も考慮した値に設定されています。

脂質の目標量の下限は,日本人の代表的な脂肪酸摂取比率で脂質を摂取した際に,必須脂肪酸の目安量を下回らないように設定されています。

つまり基本的には,たんぱく質や脂質(必須脂肪酸)の必要な量から炭水化物の上限が決まっています

その一方で,たんぱく質や脂質に依らない理由もあります:

炭水化物の多い食事は、その質への配慮を欠くと、精製度の高い穀類や甘味料や甘味飲料、酒類に過度に頼る食事になりかねない。これは好ましいことではない。同時に、このような食事は数多くのビタミン類やミネラル類の摂取不足を招きかねないと考えられる。これは、精製度の高い穀類や甘味料や甘味飲料、酒類は数多くのミネラル、ビタミンの含有量が他の食品に比べて相対的に少ないからである。

厚生労働省:「日本人の食事摂取基準(2020年版)」策定検討会報告書, (2019) p.154

このため,たんぱく質から13%,脂質から20%摂るとすると残りは67%となりますが,炭水化物の多い食事はビタミンやミネラルの不足を招きかねないために65%が上限となっています。

さて,ここで考えたいのが,上限を超えて炭水化物をとっても良いのか?ということです。

上記から考えると,逆にたんぱく質を最低限摂取し,脂質から摂取する必須脂肪酸の割合を増やし,かつビタミンやミネラルの不足が生じないのであれば,65%を超えた炭水化物の摂取を妨げる積極的な理由はないという解釈も可能になります。

ただし,もちろん「日本人の一般的な食事」で上記条件を満たすのが困難なことを考えると,それを推奨することは難しいでしょう。

さらに,米国での研究ですが,2018年に Lancet Public Health に公開された研究では,炭水化物の摂取量が総エネルギーの50~55%であった場合に死亡のHRが最小であったことを報告しています(R)。このことも上限を超えた摂取の許容を難しくさせます。

そのため,基本的には65%を超えるエネルギーを炭水化物から摂取することの肯定は,かなり困難といえます。

しかし,どのような場合に逸脱を許容できるか?については,考え方として頭に入れておきたいものです。

炭水化物の下限より少なくてもよいか?

次は炭水化物の下限についてです。炭水化物を制限する「低炭水化物ダイエット」が一般的になったこともあり,関心も高い領域かと思います。

炭水化物の目標量の下限(50%)は,たんぱく質の目標量の上の値(20%)と,脂質の目標量の上の値(30%)から算出されています

たんぱく質の目標量の上限は,“成人における各種の代謝変化への影響や,高齢者における高窒素血症の発症を予防する観点など”から設定されています。脂質の目標量の上限は,日本人の代表的な脂肪酸摂取比率で脂質を摂取した際に,飽和脂肪酸の目標量の上限を上回らないように設定されています。

さて,ここでも考えたいのが,下限よりも少ない炭水化物の摂取でも問題ないか?ということです。

その場合に考慮したいのは,①炭水化物の必要量,②たんぱく質の上限,③脂質(飽和脂肪酸)の上限です。

①については繰り返しになりますが,炭水化物の最低限必要な量は明確ではありません(必要ないという意味ではない)。となれば,かなり少ない量でも問題ないのでは?と考えたくなります

②たんぱく質の上限については,日本人の食事摂取基準(2020年版)の中で下記のように書かれています:

たんぱく質の耐容上限量は、たんぱく質の過剰摂取により生じる健康障害を根拠に設定されなければならない。最も関連が深いと考えられるのは、腎機能への影響である。健康な者を対象としてたんぱく質摂取量を変えて腎機能への影響を検討した比較試験のメタ・アナリシスでは、35%エネルギー未満であれば腎機能を低下させることはないだろうと結論している 50)。また、20%エネル ギー以上(又は 1.5 g/kg 体重/日以上又は 100 g/日以上)の高たんぱく質摂取が腎機能(糸球体 濾過率)に与える影響を通常または低たんぱく質(高たんぱく質摂取群よりも5% エネルギー以上低いものとする)に比べたメタ・アナリシスでは、有意な違いは観察されなかった 51)。しかし、試験期間が短いなど課題が多く残されている。したがって、現時点ではたんぱく質の耐容上限量を 設定し得る明確な根拠となる報告は十分ではない。以上より、耐容上限量は設定しないこととした。

厚生労働省:「日本人の食事摂取基準(2020年版)」策定検討会報告書, (2019) p.113

目標量(上限)は、耐容上限量を考慮すべきである。たんぱく質には耐容上限量は与えられていないが、成人においては各種代謝変化に好ましくない影響を与えない摂取量、高齢者においては健 康障害を来す可能性が考えられる、20~23% エネルギー前後のたんぱく質摂取については、検証すべき課題として残されているとしたメタ・アナリシスがある73)。以上より、十分な科学的根拠はまだ得られていないものの、目標量(上限)は1歳以上の全年齢区分において20%エネルギーとすることとした。

厚生労働省:「日本人の食事摂取基準(2020年版)」策定検討会報告書, (2019) pp.115-116

上記を読む限り,たんぱく質の上限をエネルギー摂取量の20%とすることに,それほど明確な根拠はないように感じられます。もっと多く摂取しても危険は少なそうです。

次に③の脂質についても食事摂取基準では下記のように書かれています:

目標量の上限は、日本人の脂質及び飽和脂肪酸摂取量の特徴に基づき、飽和脂肪酸の目標量の上限(7%エネルギー。後述する)を超えないと期待される脂質摂取量の上限として30% エネルギーとした。

厚生労働省:「日本人の食事摂取基準(2020年版)」策定検討会報告書, (2019) p.131

こちらに関しても,脂質を上限以上に摂取したとしても,飽和脂肪酸の摂取量が多くならなければ問題ないと読めなくもないです

さて,ではこれらを踏まえて下限より少ない炭水化物の摂取でも問題ないか?を考えます。

炭水化物の必要量は明確ではない,しかし全く取らない(あるいは極端な制限)ことが現時点で安全かどうかについては,不明な点が多いです。通常生活を送っている日本人でこのような食生活の人が少ないことにも起因します。

加えて,たんぱく質の上限を超えた摂取についても,明確に安全とは言い難いところだと思います。また,加えて,20%以上のたんぱく質を摂取する場合のたんぱく質量は,かなりの量になり,それを仮に脂身のついたお肉等で摂取しようとする場合には飽和脂肪酸も過剰になる可能性もあります。

ということで結論のようなものを書こうとするならば,必要最低限と現時点で推測される炭水化物量(100g程度)を摂取し,極端に多いたんぱく質の摂取を避けつつ,飽和脂肪酸の摂りすぎに気をつけるのであれば,下限より少なくても良いだろうとなります。

しかし,ここまで気をつけるのであれば,はじめから炭水化物でエネルギーを埋める方が無難でしょう。実際,上記のような食生活は相当難しいだろうと予想されますし,リスクに見合うだけのベネフィットはないと感じます。

まとめ

今回は,炭水化物の目標量について紹介しました。

「50~65%」に決まった根拠から考えると,それほど厳密に遵守しなければならない値ではないのかもしれません。しかし,根拠をたどればたどるほど目標量の範囲内に収めることが望ましいことがわかってきます。

ただし,「どのような場合に範囲の逸脱が許容か?」を知っておくことにより,食事摂取基準をより柔軟に活用できるようになると思います。

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