個人対応栄養学:Personalised Nutrition について

食品・栄養素
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みなさん,こんにちは.
シンノユウキ(shinno1993)です.

「食べる」という行為は個人的な営みです。その個人によって,食べるもの・食べられるものは大きく異なります。であれば当然,栄養学もそれによって変化しなくてはなりません。つまり「個人対応栄養学:Personalised Nutrition」を実践する必要があるのです。今回は,昨今の個人対応栄養学について書かれた文献を参考にし,その現状について紹介できればと思います(1)Biesiekierski JR, Livingstone KM, Moschonis G. Personalised Nutrition: Updates, Gaps and Next Steps. Nutrients. 2019;11(8):1793. Published 2019 Aug 2. doi:10.3390/nu11081793

個人対応栄養学:Personalised Nutrition とは?

個人対応栄養学について,現在のところ明確な定義はありません。
ただ,それを提供する目標として,タフツ大学の Jose Ordovas 教授は,以下のように述べています(2)Ordovas, Jose M., et al. "Personalised nutrition and health." bmj 361 (2018): bmj-k2173.

The overall goal of personalised nutrition is to preserve or increase health using genetic, phenotypic, medical, nutritional, and other relevant information about individuals to deliver more specific healthy eating guidance and other nutritional products and services (table 1). Personalised nutrition is equally applicable to patients and to healthy people who may or may not have enhanced genetic susceptibilities to specific diseases.

拙訳)個人対応栄養学(personalised nutrition)の目標は個人の健康の維持・増進で,それは個人に関する遺伝子型や表現型,医療・栄養情報,その他多くの個人的情報を用いた具体的な食事指導・プロダクト・サービスの提供を通して行われる。個人対応栄養学は,患者と健康な個人(特定の病気に関する遺伝的感受性(genetic susceptibilities)の違いによらず)の両方に同様に適応可能である。

引用)Ordovas, Jose M., et al. "Personalised nutrition and health." bmj 361 (2018): bmj-k2173.

このような個人対応は今に始まったことではありません。妊婦や乳児の食事は(もちろん)個人対応です。そしてこれは,糖尿病や高血圧の患者に対しても同様です。それぞれの疾患に適応した栄養指導や食事が提供されます。つまり,特定のサブセットに対しては,現在までも個人対応の栄養学を提供してきていました。個人対応栄養学は,決して真新しいことではないのです。

しかし,従来の個人対応栄養学では,より具体的な個人差は見過ごされてきました。たとえば,食後の血糖値の変化。これは個人によって大きく異なります。およそ800人を対象に血糖値の反応を調べた研究では,同じ食事を食べた後でも食後血糖反応:PGRP が異なることを報告しました(3)Zeevi D, Korem T, Zmora N, et al. Personalized Nutrition by Prediction of Glycemic Responses. Cell. 2015;163(5):1079-1094.。具体的には,795人にパンを食べさせた際の平均PGRPは 44±31mg/dl でしたが,下位10%の平均は 15mg/dl,上位10%では 79mg/dlでした。ここまで大きな差があれば,単純な特性(性や年齢など)のみで対応するのは難しいかもしれません。

そういった中,食習慣や血液データ,腸内細菌叢などの個人データを用いて,個人対応の栄養学を提供するような動きが活発になりました。先の血糖反応の研究においても,個人データを用いたアルゴリズムを作成することで,食後血糖反応を正確に予測できること・加えて個人に最適化された食事(食後血糖反応を抑制する食事)を提供することで食後血糖反応を改善できたことを報告しています。これは,栄養学において個人の栄養ニーズに応じた栄養指導などが可能である可能性を示唆するものでもあります。

具体的に個人対応栄養学を構成するものを見てみます。主に以下の2つのレベルから構成されます:

• Biological evidence of differential responses to foods/nutrients dependent on genotypic or phenotypic characteristics
• Analysis of current behaviour, preferences, barriers, and objectives and subsequent delivery of interventions, which motivate and enable each person to make appropriate changes to his or her eating pattern.

拙訳)
・遺伝子型・表現型に依存した,食物/栄養からの異なる反応に関する生物学的証拠
・現在の行動・嗜好・障害の分析と,それに基づいた介入の提供

引用)Ordovas, Jose M., et al. "Personalised nutrition and health." bmj 361 (2018): bmj-k2173.

基本的には,まずは後者が優先され,その後必要に応じて前者が適応されることとなるでしょう。以下では実際に個人対応栄養学を実践するにあたって必要な2つのステップについて具体的に紹介していきます。

STEP1:行動レベル

まずは行動レベルです。
このステップでは,その個人の行動(食習慣を含む)や嗜好,健康的な食習慣を妨げている要因,身体の特徴(遺伝子的な表現型も含まれる)に関する情報を収集・分析し,それに関する食事のアドバイスを提供します。

これには,たとえば現在の食事や身体の特徴(肥満等)を聞き取り,それを改善するためのアドバイスも含まれます。栄養士が実際に面談を行い,現在の食事を適切に評価し,嗜好や肥満の具合などを勘案しながら,最適な食事をアドバイスするプロセスが該当するでしょう。

また, 最近ではスマホアプリなどでも,アルゴリズムやAIを用いた個人的なアドバイスを受けることができます。スマホアプリの「カロリーママ」では,食事を登録することで,足りない栄養素や,次に食べるべき食事に関するアドバイスをうけることができます。また 「あすけん」においても,同様の機能は掲載されています。将来的にはこれらのアプリに食事以外の行動習慣や嗜好などの要素が掲載され,更にパーソナライズされた食事アドバイスが可能になるものと考えられます。

これらの個人対応の食事指導の効果についてはどうでしょうか。インターネットベースで行われた,個人対応の栄養アドバイスの効果を検証したRCTがあります。この研究では,従来型の栄養指導よりも,ベースライン時の食事・遺伝子型および表現型(身体測定やバイオマーカーの測定を含む)を考慮した個人対応の栄養アドバイスを行った場合で,より適切な食事変更が見られたことを報告しました(4)Celis-Morales C, Livingstone K, Marsaux C, et al. Effect of personalized nutrition on health-related behaviour change: evidence from the Food4Me European randomized controlled trial. Int J Epidemiol. 2017;46(2):578-588.

改変引用)Celis-Morales, Carlos, et al. International journal of epidemiology 46.2 (2016): 578-588.

多くの項目で,介入群のほうで良い結果が得られています。この結果を見る限りでは,個人対応を行うデメリットのようなものは見受けられません。個人対応栄養学の有効性が示唆されています。

STEP2:生物学的レベル

同じ食事を摂取したとしても,それに対する身体の反応異なります。それを明らかにするための要素として,バイオマーカー・遺伝子・腸内細菌叢の3つが重要な役割を果たします。これらの測定可能性が向上した/することも,個人対応栄養学の発展に大きく寄与することと思います

バイオマーカー

バイオマーカーは生物学的指標ともいわれるもので,疾病や生理反応等の状態を反映するものです。血液中に含まれる糖は血糖コントロールの状態を反映しますし,尿中に排泄されたナトリウムは,食事で摂取したナトリウムを反映します。

こういったバイオマーカーの測定は,減量における最適な食事の選択に役立つ可能性があります。ある研究では,HOMA-IRが高い人と低い人とで,エネルギー比率の異なる食事を摂取した際の体重変化量を測定しています。HOMA-IRが低い人では低脂質・高たんぱくの食事で最も体重が減少しましたが,HOMA-IRが高い人では高脂質・高たんぱく(低炭水化物)で最も体重が減少していました。これは,HOMA-IRによって,最適な減量のための食事に違いがあることを示しています(5)Hjorth M, Bray G, Zohar Y, et al. Pretreatment Fasting Glucose and Insulin as Determinants of Weight Loss on Diets Varying in Macronutrients and Dietary Fibers-The POUNDS LOST Study. Nutrients. 2019;11(3).

引用)Hjorth, Mads F., et al. Nutrients 11.3 (2019): 586.

たしかに,耐糖能の違いによって,痩せるための適切な食事が異なることは,よりミクロな視点でみても理解できることかと思います。同様のことは脂質代謝や,食塩感受性などに対しても言えそうです。それらの分野における活用も期待されます。

遺伝子

遺伝子は私たちに大きな影響を与えています。それぞれの個人が同一の食事を摂取したとしても,それに対する体の反応は異なります。であれば,それぞれに合わせた最適な食事法をアドバイスしたいところです。ただし現時点では,それを積極的に推奨するだけの根拠は蓄積していないかもしれません:

遺伝子検査キットを販売し,最適な食事法のアドバイスをくれる企業があります。唾液をサンプリングし,「貴方が痩せるためには低脂肪食を食べるのが効果的です」っていうアドバイスをくれる会社ですね。

遺伝子型に基づいた食事アドバイスを行った場合と,標準的なアドバイスを行った場合とで,肥満の解消にどのような影響が見られたか?についてのRCTが行われました。アメリカの会社「Pathway Genomics」が協力しています。参加者は介入群とコントロール群にランダムに分けられ,介入群には遺伝子情報を明らかにするための検査が行われました。7つの遺伝子情報(APOA2・ADIPOQ・FTO・KCTD10・LIPC・MMAB・PPARG)によって,4つの最適な食事(バランスの取れた・低脂肪・低炭水化物・地中海食)に分類されました。それぞれのグループで体重減少の遷移を見たのが以下のグラフです(6)Frankwich K, Egnatios J, Kenyon M, et al. Differences in Weight Loss Between Persons on Standard Balanced vs Nutrigenetic Diets in a Randomized Controlled Trial. Clin Gastroenterol Hepatol. 2015;13(9):1625-1632.e1.

作図)Frankwich, Karen A., et al. Clinical Gastroenterology and Hepatology 13.9 (2015): 1625-1632.

今回の研究では,遺伝子情報を用いた食事指導が効果的であるとの結論は導き出されませんでした。ただし,遺伝子検査を行うことで,標準とは異なる食事療法を受けるメリットの大きい人(遺伝子的に標準の人とは離れている人)を検出できる可能性があります。そういった人たちにフォーカスすることで,より大きな恩恵が得られる可能性があります。ただし,いずれにせよ,まだまだ研究が必要な分野と言えることは間違いないと言えるでしょう。

腸内細菌叢

プロバイオティクスやプレバイオティクスという言葉は多くの場所で聞かれるようになりました。腸内細菌叢(腸内フローラ)も同様です。腸内細菌叢は,クローン病や潰瘍性大腸炎,また糖尿病など多くの疾患と関連していることが示唆されています(7)de V, de V. Role of the intestinal microbiome in health and disease: from correlation to causation. Nutr Rev. 2012;70 Suppl 1:S45-56. https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/22861807

となると,腸内細菌叢の組成によっては,同一の食事を摂取したときの反応が異なることは想像できます。これについて,ラ・トローブ大学の Jessica Biesiekierski らは,以下のように述べています(8)Biesiekierski JR, Jalanka J, Staudacher HM. Can Gut Microbiota Composition Predict Response to Dietary Treatments?. Nutrients. 2019;11(5):1134. Published 2019 May 22. doi:10.3390/nu11051134

Diet is one of the most important determinants of the gut microbiota composition. However, the relationship between diet and microbiota is complex and not completely understood. Consequently, personalised nutrition models that predict clinical response to dietary treatment based on the microbial composition are still extremely challenging to test in the research context. Some evidence of associations between gut microbiota and response to dietary treatments for both obesity and IBS suggests that links exist between microbiota composition and inter-individuality in host response to diet. However, personalised nutrition research is in its infancy and specific microbiota signatures that predict individualised responses to dietary treatment are still elusive; advancements in analysis technologies and consistent bioinformatic approaches will be important for progress.

拙訳)腸内細菌叢の組成を決定する最も重要な要因の1つが食事である。しかし,食事と腸内細菌叢との関連は複雑で,完全に明らかになってはいない。したがって,腸内細菌叢の組成に基づき,食事療法の効果を予測する個人対応栄養学に関する研究は,現在の研究コンテキストでは極めて困難である。肥満と過敏性腸症候群における,腸内細菌叢と食事療法に関するいくつかの根拠は,腸内細菌叢の組成と,食事反応の個人差に関係があることを示している。しかし,個人対応栄養学の研究はまだ初期段階で,食事反応に関する特定の腸内細菌の特徴はまだ明らかではない。さらなる研究のために,分析技術の向上とバイオインフォマティクスでのアプローチが重要である。

引用)Biesiekierski, Jessica R., Jonna Jalanka, and Heidi M. Staudacher. Nutrients 11.5 (2019): 1134.

腸内細菌叢に関する情報が個人対応栄養学に活用できそうには思えますが,それを実践できるようになるまでには,まだ時間がかかりそうです。

まとめ

今回は個人対応栄養学について,現在の研究をレビューしながら整理してみました。遺伝子情報などを適切に活用できるようになるには,まだまだ時間がかかりそうです。

しかし,それは個人対応栄養学が実践できないことを示すわけではありません。それ以外の情報(食習慣や嗜好,表現型など)を活用して,パーソナライズした栄養指導は,現状でも可能だと思います。研究の発展をただ待っているわけには行かないので,現状でできることを適切に実行しなければなりません。

将来的には,今回紹介したような文脈での個人対応栄養学は,AIやアルゴリズムが得意とする分野になるかと思います。バイオマーカーや遺伝子などに関する情報(ビックデータ)が蓄積され,個人個人に対応した最適なアドバイスが提供される時代も近いと思います。もちろん,これは朗報です。私たち栄養士は,こういった情報を上手く活用できなければなりません。 AIやアルゴリズムが導き出した結論を,誤解されないよう適切に伝える必要があります。または,AIやアルゴリズムを作成する側に回る必要もあるでしょう。

いずれにせよ,将来的には,完全に個人対応栄養学が形成されていくことでしょう。動向を見守りつつ,取り入れるべき部分はしっかりと活用していきたいと考えています。

参考文献   [ + ]

1.Biesiekierski JR, Livingstone KM, Moschonis G. Personalised Nutrition: Updates, Gaps and Next Steps. Nutrients. 2019;11(8):1793. Published 2019 Aug 2. doi:10.3390/nu11081793
2.Ordovas, Jose M., et al. "Personalised nutrition and health." bmj 361 (2018): bmj-k2173.
3.Zeevi D, Korem T, Zmora N, et al. Personalized Nutrition by Prediction of Glycemic Responses. Cell. 2015;163(5):1079-1094.
4.Celis-Morales C, Livingstone K, Marsaux C, et al. Effect of personalized nutrition on health-related behaviour change: evidence from the Food4Me European randomized controlled trial. Int J Epidemiol. 2017;46(2):578-588.
5.Hjorth M, Bray G, Zohar Y, et al. Pretreatment Fasting Glucose and Insulin as Determinants of Weight Loss on Diets Varying in Macronutrients and Dietary Fibers-The POUNDS LOST Study. Nutrients. 2019;11(3).
6.Frankwich K, Egnatios J, Kenyon M, et al. Differences in Weight Loss Between Persons on Standard Balanced vs Nutrigenetic Diets in a Randomized Controlled Trial. Clin Gastroenterol Hepatol. 2015;13(9):1625-1632.e1.
7.de V, de V. Role of the intestinal microbiome in health and disease: from correlation to causation. Nutr Rev. 2012;70 Suppl 1:S45-56. https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/22861807
8.Biesiekierski JR, Jalanka J, Staudacher HM. Can Gut Microbiota Composition Predict Response to Dietary Treatments?. Nutrients. 2019;11(5):1134. Published 2019 May 22. doi:10.3390/nu11051134
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