「食べ物」に関する国語辞典の「行間」を楽しむ【書評】

みなさん,こんにちは。
シンノユウキ(shinno1993)です。

私は紙の国語辞典を持っていません。もし,国語辞典が必要になった場合には,ATOKに搭載されている三省堂『大辞林』や岩波書店『広辞苑』を使います。特段の理由がない限り,それを見るだけで済ませてしまいますし,ましてやそれ以外の国語辞典を参照しようなんて思いません(これはこれでどうかと思いますが・・・)。

そしておそらく,あまり知識のない私のような人間が1人で辞書を引いてみても,そこまで楽しむことはできなかったでしょう(そして,そこまでたくさんの辞書を収集するだけのお金もない・・・)。

本書,サンキュータツオ著『国語辞典を食べ歩く』(女子栄養大学出版部)は,「食べ物」にまつわる言葉を各社の国語辞典から引いてみて,その言葉の「行間」を楽しむことができる書籍のようです。

著者の豊富な知識のもと,多くの方が楽しめるように,親しみやすい言葉で丁寧に導いていただけます。時には十数冊の辞書の記述が掲載されていますが,注目すべきところは別途解説していただけるので,とてもわかりやすい書籍と思います。

たとえば「コーヒー」に関する下記のような文章です:

新明解では「熱湯を通して」、明鏡では「熱湯で煎じた」と書いてあるが、三省堂には熱湯の文字はなく「それ(粉)を使った飲み物」としか書いていない。おそらく水出しコーヒーなどを想定したものだろう。比べて読んでみると「書かれていないこと」にも意味があることを、国語辞典という読み物は教えてくれる。

サンキュータツオ『国語辞典を食べ歩く』 p.154

なるほど。私が独りで読んでいたとしたら見逃していたでしょう。こういうのも「行間」を楽しむというのですね。

あと「自炊」に関する記述も面白いと思いました:

明鏡国語辞典 第二版
自分で自分の食事を作ること。「外食をやめて――する」「―生活」

 辞書的な説明をするとしたらこれでいいのかもしれない。
 しかし、岩波くんなどは「(毎日の)食事を」なんて、わざわざ入れていて、継続性に重きを置くものもある。「毎日の」、この3文字を入れるだけでも、日曜にお父さんが趣味で作るカレーと、「自炊」は違うんだぞ、という主張を感じる。細かい違いが「大きな」違いです。見逃さないよ、この行間。

サンキュータツオ『国語辞典を食べ歩く』 p.319

たしかに「私自炊してるんだぁ」って言われると,毎日していることを想起します。まさか日曜日だけにしかしないとは思わないですね。そういう意味では,より実際に使われている言葉のニュアンスが反映されているのだと感じました。

さて本書は,『栄養と料理』(女子栄養大学出版部)にて連載されていたものを加筆修正のうえ書籍化したものです。良い意味で前後のつながりが希薄なため,気になった箇所から読むこともできます。もちろん,通して読んでも大変勉強になります。一般の方はもちろんですが,(本ブログの読者に多いであろう)栄養士や管理栄養士といった専門職の方にもオススメできる書籍だと思います。

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