“社会的望ましさ”が栄養素摂取量に与える影響について【記憶に基づく食事評価法への批判】

みなさん,こんにちは。
シンノユウキ(shinno1993)です。

記憶に基づく食事評価法に寄せられている批判のうち,今回は“社会的望ましさ”が栄養素摂取量に与える影響について取り上げたいと思います。

前回は,記憶に基づく食事評価法が「生理学的なもっともらしさ」の観点から考察しました。以下のグラフで示されているように,記憶に基づく食事評価法から測定されたエネルギー摂取量は,大部分の対象者において生理学的にもっともらしくないことが確認されました。

なぜこのような結果になってしまったのか,多くの理由があろうかと思いますが,今回はその中から「社会的望ましさ」に焦点をあて取り上げてみたいと思います。

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社会的に望ましい食事とは?

世の中には,一般的に社会的に望ましいとされる食事があります。おそらくは野菜が多く,かつエネルギー控えめな食事がそれに該当するでしょうか。

その基準を食生活指針から探ってみることにしましょう。

食生活指針では,「たっぷり野菜と毎日の果物」,「牛乳・乳製品,緑黄色野菜,豆類,小魚」の摂取を推奨しており,「夜食や間食」,「飲酒」,「食塩の多い食品や料理」を控えめに,「動物,植物,魚由来の脂肪」をバランスよく摂取することを推奨しています。

摂取するもの野菜/果物/牛乳・乳製品/緑黄色野菜/豆類/小魚
控えるもの夜食・間食/飲酒/食塩
バランスを考えるもの動物,植物,魚由来の脂肪

なので,これらの要素を満たす食事こそ社会的に望ましい食事といえるのではないでしょうか。

「社会的に望ましい」食事に歪む?

こういった社会的に望ましい食事を摂取していることで,他人から良い印象で見られたり,承認が得られたりします。また,社会的に望ましくない食事(例:脂肪の多い食事)を摂取していると,それによってある意味で非難の対象になってしまったりします。その食事内容を知った人などから「そんな脂肪の多い食事を取っていると病気になりますよ」とか「もう少し食塩を控えたほうが良いですよ」などと言われるかもしれません。

そのため,研究・調査などの場面でも,そういった社会的に望ましくない食事の報告が避けられがちであることが知られています。誰しも,非難されるのは嫌ですからね。実際の食事を写真に取ったり,記録して提出するとかであればまだしも,記憶に基づいて報告するのであれば「昨日は何を食べましたか?」などと尋ねられた場合,社会的な望ましさを考慮し,報告を歪めてしまうということは十分に考えられるのではないでしょうか。

以下ではそういった社会的望ましさが,記憶に基づく食事評価法に及ぼす影響について,その傾向などを少し詳しく見ていきたいと思います。

野菜・果物は多めに申告される

私は,野菜・果物は社会的に望ましい食事を構成する,特に大きな要因だと感じています。私が野菜や果物が特別好きではないことと関係しているのかもしれませんが。なので,社会的望ましさが食事評価の結果に関係するのであれば,野菜や果物の摂取量は多めに報告されるんじゃないかなーというのが私の予想です。

以下では,野菜・果物の摂取と社会的望ましさとの関連を調査した,興味深い研究を紹介していきます【1】Miller, Tracy M., et al. "Effects of social approval bias on self-reported fruit and vegetable consumption: a randomized controlled trial." Nutrition Journal 7.1 (2008): 18.

社会的望ましさが食事評価に与える影響を測定するというのは,結構難しそうに思いますよね。でもこれは,今回の研究では次のような研究デザインで測定されています。最初に簡単にプロトコルを図示したものを示しておきます。

まず,研究に参加してくれる人を電話で募集しました。データベースからランダムに選ばれた人たちに電話をかけ,研究に参加する意思があるかどうかを尋ねました。

そして,電話で同意を得られた人には,その2・3日後に手紙が届けられました。この際,手紙の中身には2通りのパターンがありました。ここがポイントです。研究の詳細だけが記された手紙だけが送られたパターンと,それに加えて野菜の重要性を知らせるようなパンフレットが同封されたパターンです。この2つのどちらのパターンの手紙が送付されるかはランダムで選択されました。

その10日以内に,電話で食事に関する調査を受けることになります。前日の食事について思い出してもらったり,特定の食品についての摂取頻度を尋ねられたり,簡単なアンケートを受けさせられたりしました。

手紙の内容が違う2つのパターンの人たちの食事内容を比較することで,社会的望ましさの与える潜在的な影響を測定することができるというのが研究者らの考えです。【2】もちろん,野菜に関する重要性を示されたポスターを受け取った人たちが,それによって短期的に食生活を変容させたという可能性もゼロではありません。しかし,研究者らはその影響は小さいと見ています。また,パンフレットの送付は社会的望ましさを想起させるように仕向けられたもので,直接にその影響を測定されたものではありませんが,その潜在的な影響,社会的望ましさがあった場合にどのような傾向になるのかを理解する助けにはなろうかと思います。

2つのパターンの人たちの食事内容を比較したのが以下のグラフです:

特定の食品の摂取頻度を尋ねることで調査された野菜と果物,それとその両方の摂取数をサービングサイズ(皿の数)で示しています。野菜と果物の摂取サービングサイズ(1番右側のグラフ)で見てみると,何の介入も受けていない人たち(対照群)は3.7皿しか野菜を摂取していなかったにもかかわらず,野菜や果物に関するパンフレットを受け取った人たち(介入群)は5.2皿も野菜を摂取していました。

これは,特定の食品の摂取頻度をアンケート形式で尋ねたものですが,前日の食事を思い出してもらった方法でも同様の結果が得られました。以下のグラフは前日の食事を思い出してもらう方法(24時間思い出し法)において,その前日の3食の全てで野菜・果物を報告した人の割合を対照群と介入群で確認しています。対照群では32%だったにもかかわらず,介入群では61%もの人が3食全てで野菜を摂取していました。

これらをまとめると,社会的望ましさは,野菜や果物などを多く摂取させる方向に食事評価の結果を歪ませると考えられます。

エネルギーは少なめに報告される

次はエネルギーについて見ていきましょう。先ほど紹介した食生活指針では,直接的に指摘はされていませんでしたが,エネルギー摂取量が多すぎる食事は社会的に望ましい食事とは言えないでしょう。肥満の原因にもなりますし,食欲をコントロールできない怠惰性を指摘されるかもしれませんので。

社会的な望ましさが,エネルギー摂取量の報告を少なくさせるかもしれないという報告があります【3】Tooze, Janet A., et al. "Psychosocial predictors of energy underreporting in a large doubly labeled water study." The American journal of clinical nutrition 79.5 (2004): 795-804.

これは,メリーランド州の人たちを対象として行われた研究で,「二重標識水」という特殊な水が用いられています。

二重標識水を使用することで,かなり正確にエネルギーの消費量を測定することができます。ある程度は,エネルギーの消費量=エネルギーの摂取量と考えることができますので,この結果と食事評価による結果とを比較することでエネルギーがどれだけ過小に申告されているかを調べることができます。

この際に社会的望ましさはマーロウ=クロウによる調査票【4】Crowne, Douglas P., and David Marlowe. "A new scale of social desirability independent of psychopathology." Journal of consulting psychology 24.4 (1960): 349. の短縮版によってスコア化されています。

以下のグラフは,女性において,社会的望ましさのスコアを四分位4つに分け,1番スコアが低い群(社会的望ましさスコアが0-25%の人たち)の過少申告になってしまうリスクを1とした場合の,その他の群の過少申告になるリスクをオッズ比で示したものです。

社会的望ましさのスコアが上位25%(75-100%位置する)だった人たちは,下位25%の人たちと比べておよそ3倍も過少申告になる確率が高いということが,このグラフからは示されています【5】統計的に有意ではありません(p=0.0565)。つまり,社会的望ましさに関するスコアが高い人ほどエネルギーを少なめに報告してしまうということが示されているのです。

次に男性の場合を示します。

男性の場合はもっと顕著で,社会的望ましさのスコアが上位25%(75-100%位置する)だった人たちは,下位25%の人たちと比べておよそ9.02倍も過少申告になる確率が高いということがわかりました【6】p=0.0004

まとめ

食事評価法に影響を与える因子は数多く【7】今回紹介した論文の中には,BMIやマイナス評価への恐れ,ダイエット履歴などが影響しているとする物もありましたありますが,今回はその中から「社会的望ましさ」について特に焦点を当てて紹介してみました。

上で見てきたとおり,社会的望ましさは食事評価の結果を歪ませる可能性があります。それによって真の栄養素摂取量が傾いていくのであれば問題はないのですが,そうでないのであれば困ったことになります。

これを完全に制御することは困難です。なので重要なことは,こういった影響が記憶に基づく食事評価法において存在しているということを認識することなのですね。

次回は,食事評価の文脈では,それほど一般的に語られることの少ない「偽の記憶」について紹介していきたいと思います。

連載目次

  1. 食事ガイドラインはデタラメか?食事ガイドラインの作られ方を整理してみる
  2. 記憶に基づく食事評価法は正しくない?生理学的なもっともらしさの観点から
  3. “社会的望ましさ”が栄養素摂取量に与える影響について【記憶に基づく食事評価法への批判】現在のページ
  4. “偽の記憶”が栄養素摂取量に与える影響について【記憶に基づく食事評価法への批判】
  5. 記憶に基づく食事評価法の妥当性は確認されている
  6. テクノロジーを用いた食事評価法について概観する【栄養疫学研究の展望】

参考文献

参考文献
1 Miller, Tracy M., et al. "Effects of social approval bias on self-reported fruit and vegetable consumption: a randomized controlled trial." Nutrition Journal 7.1 (2008): 18.
2 もちろん,野菜に関する重要性を示されたポスターを受け取った人たちが,それによって短期的に食生活を変容させたという可能性もゼロではありません。しかし,研究者らはその影響は小さいと見ています。また,パンフレットの送付は社会的望ましさを想起させるように仕向けられたもので,直接にその影響を測定されたものではありませんが,その潜在的な影響,社会的望ましさがあった場合にどのような傾向になるのかを理解する助けにはなろうかと思います。
3 Tooze, Janet A., et al. "Psychosocial predictors of energy underreporting in a large doubly labeled water study." The American journal of clinical nutrition 79.5 (2004): 795-804.
4 Crowne, Douglas P., and David Marlowe. "A new scale of social desirability independent of psychopathology." Journal of consulting psychology 24.4 (1960): 349.
5 統計的に有意ではありません(p=0.0565)
6 p=0.0004
7 今回紹介した論文の中には,BMIやマイナス評価への恐れ,ダイエット履歴などが影響しているとする物もありました
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